権力の解剖 「条件づけ」の論理 ガルブレイス
権力とは、われわれとは関係の薄いものではなく、哲学的なものでも、また神秘的なものでもない。ーアドルフ・A・バーリ
人間の果てしなき欲望のうち、最大なものは、権力に対するものである。
権力とは、「他人の行動に対して自分の意志を強制する可能性」ウェーバー
気が進まなくても、かりに反対であっても、別の個人や集団がその意志や目的意図をその人に強制すること。
どのようにしてある意志が強制されるのか、またいかにして他人を服従させることができるのか。
どのように権力が強制されるのか、強制手段にその力を与えるのは何か。
権力行使の三手段
威嚇権力、報償権力、条件づけ権力(conditioned power)
条件づけ権力
人の信念を変えてしまうことによって権力を行使する。説得や教育によって、または、当然であり適切であり正しいと思われることを社会全体が受け入れてしまうことによって、その中の個人を他の人々の意志に服従させる。この服従の過程は本人がわざわざ選んだかのようにみえる。というのは服従している事実そのものが本人に自覚されないからである。
権力の三つの源泉
これを持っているかどうかで、服従する人と、行使する人とが分けられる。
個人的資質、財力、組織である。
個人的資質 リーダーシップと言われるもの
体格や、精神、話し方、道徳的確信、またはその他の個人的資質
現代においては、条件づけ権力ーひとを説得したり、ある信念を持たせる能力ーを獲得する基本的資質である。
財力
「服従」を購入するための必需品である。
組織 現代社会における最も重要な権力の源泉
条件づけ権力と最も深い関係がある。威嚇、報償共に兼ねる。
すべての場合に、組織ー同じような利益や価値観、考え方を持つ人々の集まりーとは、服従をかちとり、権力を追求するためには、どうしても必要である。
※宗教権力という概念 宗教と権力が結び付けられ使用されていることにたいする抵抗感。何故か、宗教に対する神聖なるものという美化がそこにある。現実は、宗教組織は権力機構となっている。権力という語が持つ響きが好くない。
権力の目的が、権力の行使そのものにあること
「権力を握った人は普通、それを愛するものだ」H. Rich 1982
集団の指導者はそこで自分が肉体的にも拡大されているかのように感じる。・・ ・彼の指揮は最高の地位からなされるものである。」
自分が価値ある人間だと感じるのは、権力の行使とそれが行使される状況の両方にある。
権力それ自体は、何も憤激の対象になるべきものではない。ある人々が他の人々の意志に従うという、権力の行使そのものは、現代社会にとって不可欠のものであり、それがなければ何事も成就されない。・・・悪いものと決めてかかってはならない。権力とは、社会的に有害なものであり得るが、社会にとって不可欠なものでもある。
条件づけ権力
説得とか教育により人為的にする公然たる条件づけ
その服従を選択することが普通であり、適切であり、伝統的に正しいものであるとする文化そのものによる隠然たる条件づけ
※様々な通念、常識と考えられているもの、良心的とされるものを吟味
信念体系に深く組み込まれている。
現代産業社会における最も公然たる条件づけ権力の中に、広告を通して行使されるものがある。繰り返し聞かされることにより「信念」と化す。しかし広告は余り派手すぎるということで評判の好い方法ではない。
教育の方がはるかに社会的に受け入れられ易い。公の教育による条件づけ
メディアの条件づけ権力
公然たる、また隠然たる条件づけのいずれによるのであれ、いったん信念が作られてしまえば、その信念によってた人の意志に服従しているときでも、当人は、あたかも自分の道徳観ないし社会観でその行為を選んだかのように考えてしまう。つまり何が正しいか、あるいは何が良いことかについて、自分自身で判断して選んだのだと思ってしまう。
権力について考える場合には、三つの手段や源泉のうち、一つだけが作用しているなどと考えてはならない。
威嚇・報償・条件づけの各権力の行使を可能にさせるものは何か。個人的資質、財力、組織が究極的源泉であるが、ほとんど常に混合した形で表れる。
個人的資質プラス組織と、無視できないほどの財力 他人の信頼を得る際には個人的資質がまずもって重要。この信頼ー条件づけ権力ーによって強さ、推進力、信託が与えられる。
個人的資質
超自然的な力と語り合い指導を受け、他人に効果的に伝えうる
心の豊かさ、きちょうめんさ、利発さ、魅力、正直そうな風貌、ユーモア、
威厳等
自分の信念を究極的に確信していること、自分はあることを知っていると確信し、なおかつ、他人にその信念を説得できる人に権力は移る。
自尊心
自分こそ、知性や魅力、いつも変わらぬ雄弁な能力などによって指導者としての資格にめぐまれた希有なる人物だと信ずることほど楽しいことはない。だから自分は人に命令を下す権利があるのだと思ってしまう。
財力
権力を行使できる最もありふれた方法であり、ある人の意志を単刀直入に金で買うことによって、他の人の意志に服従させる。財力が私有されている限り、権力を握るものは変わらない。「共産主義の理論は”私有財産の廃止”という単純な言葉に要約できるかも知れない」
「なんといっても、一番ものを言うのは金だ」
しかし、財力は権力の三つの源泉の内の一つにすぎず、組織に比べるとその重要性は小さくなっている。国家ー政府の官僚政治、官僚主義 企業ー管理組織
組織 何らかの目的や作業のために結合した、個々人や諸集団
権力の最終的な源泉か。財力も個人的資質も組織による支持があってはじめて効力を持つ。
条件付け権力を行使するために組織は作られる。
三つの特徴
1 組織の内外対称性
組織の内部的服従の深さと強固さにより外部的権力の大きさも相違する。
2 三つの手段を効果的に使えば強くなる。
3 組織の追求する目的の数や多様性と関係
目的が多様であればあるほど、一つの目的に対する服従をかちとる力は弱くなる。
※教団の目的が多様化されてきた。 宗教協力がうたわれ布教の意義、情熱が薄れている
1組織の内外対称性
内部の凝集性 例 労働組合は強固
※この点からしても、佼成会本部の内部凝集性は薄くなっている。信頼の欠如如何に回復するかが問題だ。会長の個人的資質、財力 行使の方法
目的をよしとして信じることー条件付け権力
チームワークとは組織の権力に対する、完全に条件づけられた服従のこと
その組織の目的を外部に効果的に広めようとすれば、まず、自分達が一様にその目的を強く信じ込まなければならない。高度に組織化された権力を行使するものは、絶えず異端者を締め出す懸命な努力をしてきた。
※異端者を含み込んでいる。
2.権力の他の二つの源泉との結びつき、および権力の三つの強制手段との結びつきの程度
3.組織の目的が多数あり、それぞれ異なったものであるならば、その目的が極めて狭く限定された場合よりも、強制手段と、源泉が巨大でないと効果を上げ得ない。
権力の幻想 条件付け権力が機能していると幻想してしまう。権力の実態と幻想の区別は最も重要
権力の弁証法
権力がどのように抵抗を受けるか
対抗的な権力行使 直接的方法 間接的方法
「非暴力的抵抗は、立ち向かってくる権力構造を麻痺させ、混乱させるのである」 条件づけ権力の基盤をなす言論と表現の自由は保障されている。この規制はほとんど皆無。
権力発展の歴史
歴史というものは、権力行使をめぐって叙述されるのが普通。歴史の変化が権力の諸要素の相対関係の変化として描かれることになる。
現代産業社会の勃興期やそれ以前の時期には、今述べたような権力の諸要素のはっきりした輪郭がよく示されている。
前資本主義世界 ヨーロッパでは16世紀の始めから、宗教改革の直前まで
教会と封建諸候
封建諸候の権力が大きくなるとともに、中央集権国家が出現
主な源泉は個人的資質と土地財産、主な手段は威嚇権力
教会権力の源泉は、壮大な組織 豊富な財力、キリストや超越神の個人的資質
主として条件づけ権力を行使 このようにして得られた服従は、宗教的典礼の遵守とさまざまな要求、さらに世俗的な行為や行動をも支配した。
教会には従うべき、その教義も信ずべきということは当時の文化の中に深く浸透した信念であった。子供達は親から受け継ぐ。
公然たる条件づけ ミサを主宰し福音を説くー他のどんな手段よりもこの手段に依存していた。
教会の建物や大聖堂は現実にその教派が存在し、権威を持っていることを物理的に表現するもの
来世における報償的報酬、威嚇的罰は、単独で最大の権力の源泉である。
資本主義の勃興
16世紀初頭から18世紀後半は民族国家への高まりと大商人階級の出現
権力の源泉の移行
商人資本主義の権力の第1の源泉は、財力。土地ではなく、資本、とくに売るための商品とそれを生産するための金や銀。行使した権力は、労働者、熟練工、職人にたいして、商品の品質や管理、消費者。
個人的資質は減少、組織の意義が一層明きらかとなる。威嚇権力から報償権力へ。競争に対抗するために、組織が権力の源泉として重要な意味を持つようになった。商人を新興国家が保護を加えた。とりわけ外国との競争から。国家の組織が、権力の源泉となる。
社会的条件づけに寄与したのが、重商主義の思想家(トーマス・マン ジェームス・スチャート コルベール)。産業革命後、製造業者の環境が変化し、自由競争が望ましい選択とされるようになった。
17世紀の初めには、商人資本主義の最大の組織的成果、特許状会社の出現
貿易の独占。東インド会社1600年以来274年間繁栄を続けた。
商人権力への大規模な侵略ー産業革命と産業資本主義の発展
産業革命
権力の源泉としての財力の、性格の劇的変化。運転資本から固定資産ー製造所、工場、機械装置ー 組織の質の変化 労働者は今や製造所のある町や工場に直接移動する。
産業資本主義の強さは、権力の3つの源泉をすべて利用できるところにあるーすなわち、製造所、機械装置、運転資本という形の財力、労働者を産業組織体内に拘束する非常に進んだ形態の組織、そして企業家の個人的資質。
高度資本主義の権力
条件づけ権力にも重要な展開がみられる。国家による経済行為の支配という信念を根本的に変えた。このような条件づけは、人々の生活のあり方、幸福追求のあり方をも変えた。生活様式が、産業の目的に服従する、いわば産業的権力に奉仕するようになった。アダム・スミス「国富論」1776 分業化と専門化
生産の地域的および国際的専業化へと導き、国内的、国際的取引の自由を求める。障害となったのは、商人資本主義の保護主義的、規制的制度。
広い次元に立ってスミスは、個々人のすべての経済的利益の私的追求は公共的福祉となるとみなした。「自分自身の利益のみを追求し、他の多くの場合と同じように、見えざる手に導かれ、彼自身の目的とは全く違う目的を推進するようになる」 彼の目的や動機が、いかに利己的であっても、彼の行為は、それを越える法則に全面的に従っているとされた。
株式会社は、経営者、様々な専門家や技術者を含む管理機構により支配される組織である。こうした組織は、産業資本主義における権力の源泉として登場し、財力に代わる支配的な源泉となった。何百万という労働者が、産業システムに仕えるために動員された。
高度資本主義の最も興味深い、重要な成果は、条件づけ権力ーその時代の要請と現実に、経済的考え方を次第に適応させていくことーに次第に依存するようになったこと。産業化の権力に奉仕する服従を支持する考え方。
リカード、マルサス 労働者が貧しいのは子供を多く生みすぎるからという。
ベンサムの功利主義 最大多数の最大幸福ー自由放任政策 最大多数のために、道の脇に脱落しなければならない人がいることを暗黙に了解する。
スペンサー 適者生存 社会秩序におけるダーウィン的表明 偉大な産業資本家は生物学的に優れている、貧者は劣っている。
サムナー スペンサーの影響力をアメリカに広めた
ビーチャー 「神は、強者に強く、弱者に弱くあるべきだと欲す」
ジェボンズ 経済的快楽主義者 快楽を最大化し苦痛を最小化すること、財とその効用の役割が大切 それを供給する産業家の役割も重要
パレート 「所得分配の不平等が一定であるということは、人間能力の不平等性を反映している。これはごく自然なことであり、普遍的カテゴリーである」
市場への肯定的評価 最大多数の最大幸福を招き、同時に産業資本主義の権力の分解ーそして隠蔽ーする機能をはたした 古典派経済学の最高最大の条件づけ成果 市場論理 市場こそ価格、賃金、生産をコントロールしていると信じさせる
反作用
マルクス エンゲルスから援助を受け、励まされ、財政的支援を受けた。
労働者協会 1864年 通常第1インターナショナルと呼ばれている。
条件づけ権力 資本論 共産党宣言
高度資本主義の時代における国家の役割と権力の役割
国家は支配階級の執行委員会であるというマルクスの不滅の言葉
国家は産業資本主義の権力行使のための手段の延長線上にある。
しかし、やはり国家は自己目的のために「官僚制」という組織を使って権力を行使した面も忘れてはならない。
思想の果たす役割
社会的条件づけは、計略な巧みな人達からは生まれていない。それは主として、自らが真理と深く調和していると考えた人達から生じてきた。
組織の時代
ある条件づけを受け入れた人は、それが現実の姿だと思い込んでしまう。現実が変化してもそれを覆い隠してしまう。組織の時代になりその傾向が強まっている。
組織の影響は、経済、政治、軍事権力の分野においても感じられる。経営者支配の株式会社、労働組合、現代の官僚国家、政府と密接な同盟関係を結んでいる農業団体と石油生産者、通商団体、各種圧力団体など、これらすべてが組織の時代の証明。
会社の規模の拡大と業務の複雑化
専門家のグループの出現。意志決定は、ある特定の個人の単一の能力によってなされるのではなく、専門家が委員会を作り、日々の密接な連絡を何回も重ねることによりなされるようになってきた。
書評
「20世紀の民主主義国に置いては、最大の条件づけ権力を握るものが政治権力を握るのである」。これはガルブレイスの言葉である。あと10年もすると21世紀にはいるわけであるから、20世紀と限定する必要はないであろう。民主主義国に置ける、条件づけ権力のふるう脅威を的確に表明している。
条件づけ権力という表現は聞きなれないものである。これはガルブレイスが提示した新しい概念である。彼は権力の源泉に個人的資質、財力、組織の3つを上げ、この行使の手段に威嚇、報償、条件づけをあげている。行使される側からみると、威嚇権力、報償権力、条件づけ権力となる。
権力とはいやな響きをもつ言葉である。しかし、それは露骨な権力の行使に対してであり、今の権力は、そのように幼稚で原始的なものではない。「権力は存在しないと信じ込ませるほど権力にとって有利なことはない」ことを知っている狡猾な権力である。権力とは「気が進まなくても、かりに反対であっても、別の個人や集団がその意志や目的意図をその人に強制する」ということである。
権力の三つの源泉はこれを持っているかどうかで、服従する人と、行使する人とが分けられる。個人的資質はリーダーシップと言われるものに関係しており、体格や、精神、話し方、道徳的確信、またはその他の個人的資質、現代においては、条件づけ権力ーひとを説得したり、ある信念を持たせる能力 ーを獲得する基本的資質である。
財力は、「服従」を購入するための必需品である。
組織は、現代社会における最も重要な権力の源泉であり、条件づけ権力と最も深い関係がある。また威嚇権力、報償権力を共に兼ね備えている。すべての場合に、組織ー同じような利益や価値観、考え方を持つ人々の集まりーとは、服従をかちとり、権力を追求するためには、どうしても必要である。
威嚇権力とは肉体的、精神的な処罰を与えるという脅しであり、報償権力とは相手が喜ぶ報酬を提示することにより服従させる権力である。条件づけ権力(conditioned power) とは、人の信念を変えてしまうことによって権力を行使する。説得や教育によって、または、当然であり適切であり正しいと思われることを社会全体が受け入れてしまうことによって、その中の個人を他の人々の意志に服従させる。この服従の過程は本人がわざわざ選んだかのようにみえる。というのは服従している事実そのものが本人に自覚されないからである。
現代社会に置いて、人間が人間らしく生きていくことができる社会を構築するためには、平和勢力としての組織が必要である。何故組織化が必要なのかを明確に提示してくれている。